ご無沙汰しております.どらびです.
プライベートが忙しいという口実で,またブログが疎かになっていました.
で,いつも通りTwitterしてたら面白い動画が流れてきたので引用RTしたのにリアクションが0
悲しいのでブログに書きます.
一見不可思議だけど、過程の中に非可逆変化が含まれていなければ勿論時間反転対称性は崩れなくて。
ここでは粘度が高く拡散項が無視できるから、流体力学的にも可逆性が…と思って調べたら、その記述をしてる北大の資料にバッチリこの画像が残ってる https://t.co/QzizcDwt9g pic.twitter.com/CJiH9LN6ZS
— どらび@モノづくり系ブログ「ヒロフカ」 (@DRB_lab) October 29, 2020
何ならnoteにも書いてやりましょう.
というわけで本題
混ぜたのに元通りになるインクの謎
引用RTなので上にも元動画が載ってますが再度載せておきます.
コーンシロップのなかに着色したコーンシロップを注入し、容器の内部を回転させると混ざり合った状態になりますが、逆方向に回転させると、なんと逆再生したように元の状態に戻ります。pic.twitter.com/6QZQIG7txp
— エピネシス (@epinesis) October 28, 2020
これに対して
これは奥行き方向に段違いにインクを置いてるから戻らないんだよ
とか,
引き延ばしてるだけになるから元に戻るのでは?
って感想が多いんですけど,前者は推測としてはわかりますが,動画22秒当たりを注目してほしくて,仮に段違いで配置されていれば一週目の3/4回転したところで層の違いが明らかに観測できるはずです.後者に至っては現象の説明になってないので(引き延ばしてると混ぜるの違いが説明できてないと意味がない)ということで,せっかくなんでこの不思議な現象に関して引かれない程度に説明をすつつ,これが何の役に立つかを紹介して,科学に惹かれる学生の数を少しでも増やすための啓蒙活動でもすることとしましょう.
なぜ混ざったはずの色が元に戻るのか
早速ですが発想を逆転させましょう.なぜ一般的に混ざった色は元に戻らないのでしょうか?
ここでのカギは拡散という現象にあります.例えば,透明な水の中に黒いインクを一滴垂らしたとしましょう.この後どうなるでしょうか?
答えは想像がつくと思います.混ぜないで放置しても,しばらくするとインクは水全体に広がっていって,やがては水全体が同じように濁っていきます.これはインクが拡散して,最終的に安定するような状態に落ち着いているからです.
動画の場合はどうだったでしょう?インクを注射器で注入しても,そのインクはほとんど広がりも移動もしていません.要するに拡散できない,あるいは非常に拡散がしにくい状態にあるわけです.
これこそが動画の状態と,所謂通常の”混ぜる”行為の一番の差なわけです.
拡散のあるなしで何故元に戻るかが変わる?
あまり小難しい話に持って行きすぎても読む人がどんどん減りそうなのでどこかで線引きをして抑えなきゃなのですが,キーワードは”時間反転対称性”です.
すっごく簡便に説明をすると,
というのがこの時間反転対称性というものになります.そして,この時間反転対称性が崩れた時,元に戻せない状況が生まれます.拡散がまさにこの一例であり,最初の疑問に答えると,
“動画の状況は時間反転対称性が保たれているから元に戻せるし,水に垂らしたインクは拡散という時間反転対称性が破れた現象が含まれているので,例えば時計回りでハンドルを回した後に,反時計回りに同じようにハンドルを回しても元の状態に戻らない”
ということになります.
こう書くと,
拡散だって,ビデオに撮って巻き戻せば元に戻るんだから時間反転に対して対称って言えないの?
という疑問を抱く人がいます.そしてこの質問,物理学徒にするとしかめっ面されると思いますが,個人的には割と正鵠を得ていると思います.だってわけわからないですよね?
これについて数式なしで説明する前に,ちょっと話をずらします.
時間の矢と時間反転対称性
時間の矢って言葉聞いたことあるでしょうか?
時間は当たり前かもしれませんが,過去から未来に向かって流れています.これの向きを変えることはできません.
じゃあ,時間反転対称性,つまり物理の式の中で時間をマイナスに進めるのは実際のところどういうことなのか.これを理解することこそが,時間反転対称性,時間の矢,そして今説明している諸々の現象を理解するカギになります.
詳しい話を知りたい方はこちらの動画をどうぞ.
結論だけ言うと,基本的にミクロの世界では,常に時間反転対称性があります.水の中のインクのように,いったん拡散したらもう凝縮することはない,なんてことはなく,とある初期条件でA→Bという状況が起きるとき,B→Aとなる状況もまた再現可能になるということです.
ちょっと誤解を招きかねないですが,tiktockで微妙にバズっているこのマジックも(残念ながら見つからなかったのでyoutubeで代替),
時間反転対称性のある物理法則上で動いているので,傍から見ている人には,逆再生なのかどうなのか区別がつかないわけです.
一方でインクはA→Bとなったら最後,B→Aに戻すのは不可能です.
いや,厳密には不可能ではないです.奇跡的にランダムで動くすべての粒子が一点に向かってくれればいいのですから.
ここでこの二つの現象の差はたったの1つ.対象が数えられないほど多いか,あるいは有限(把握できる個数)かです.インクの動きは粒子一つ一つを追えば,どのような動きをしているのかはわかります.どれだけ数が多くても,適切に初期条件を与えられればすべてが1点に凝集する状況を作り出すこと自体はできるでしょう(実際にできるとは言ってない).つまりは,時間反転対称性っていうのは初めからミクロでもマクロでも崩れていなくて,初めから焦点は「ヒトが把握できる範囲か否か」にかかっています.
そして,先ほども述べたように,ランダムで運動する沢山のインク,ヒトはそのすべての運動を正確に把握することはできませんが,全体の様子がどうなるか,大まかに推測するすべを持っています.それが確率論.インクがとある一点で凝集する確率は途方もなく小さいことはなんとなくわかると思いますし,逆に広がって存在している確率は髙そうでしょう.しかし,その広がっている,という状況でも,インク粒子Aはこの位置,BはあそこでCはここで,...という形で,すべての粒子の位置を定めた時,その存在確率は一転に凝集するときと同じになるはずです.
つまるところ,ヒトは自分の理解でき得る範囲内で現象を把握しようとするときに,あたかも巻き戻せないような状況と,巻き戻したように見えるような現象が混ざって見えているだけで,宇宙が消滅するまでの時の流れの中でインクが1点に凝集する微小な確率を再現できなかっただけで,あくまでもその可能性はありうるし,そこになんのおかしさもないわけです.
で,こうなると時間の矢というもの存在の説明にはならないわけです.過去から未来に時間が流れていて元に戻らないのは(多分)たまたまです.少なくとも私の知識体系の範囲内では.
話がめちゃくちゃ逸れたのでいい加減戻します.
結論
コーンシロップはめちゃくちゃ粘度が高いので,時間反転非対称な”拡散”という現象が(ほぼ)起きません.それによって,粒子同士がぶつかり合ってランダムに動くように観測されることなく,一つ一つの粒子が時間反転可能な動きで運動します.そして,その運動と真逆の動きをすると,時計の針を戻したようにほぼ同じ動きが再現されるわけです.ただし,ハンドルの動きは全く同じように逆転されているわけではないので微妙にずれてしまいますけどね.
そして,傍から観測している人にとっては,それが逆再生などによって作られたものかどうか,動画からだけでは区別不可能なのです.そういうものなんです.
だからドヤ顔で
これどうせ逆再生の動画編集で繋いでるだけだろ!!
とか言わないの.そうだと思って仕方なかったとしても,根拠がないならコメ欄に書かないの.
最後に:これが何の役に立つの?
はい.この動画自体は恐らくですが教育用というか,
こういう現象が,こういう条件で起こるんですよー,不思議ですねー
っていうための動画で,深い意味はないと思います.
ただ,この現象を理解すること自体はすごく大事です.
この動画で起きている現象は,”高粘度の流体の運動”を指していて,これは流体力学で説明されます.冒頭のツイートで私が引用してきた画像ですね.
流体力学で使われる係数として,”レイノルズ数”というのがあるのですが,動画の現象はレイノルズ数が非常に低い時に生じる現象です.
このレイノルズ数というのは扱う物体の大きさと,流体の年度によって決まり,同レイノルズ数ではほぼ同様の現象が生じると言われています.
つまり,サイズの違う模型などで,何が起こるのかを疑似的にテストしたりできるわけです.
実際に自動車メーカーなどの風洞実験でこの原理が使われています.
さらに,最近出てきた記事で,
“微細3Dプリントで体内を巡って治療とかする船を作れるかも!”みたいなことが言われて,それ自体はいいんですけど,印刷してる船がよくあるテスト用のボートという.
以下の記事を参考にしてほしいんですけど(冒頭のツイートのやつ)
https://www.math.sci.hokudai.ac.jp/sympo/vortex/2016/ishimoto.pdf
これは微生物が水の中をどうやって進んでいるのかを物理的に考察していて,結論から言うと,多分この船は微塵も役に立ちません.
こういうのの設計とかで,この知識は役に立ちます.ね.大事でしょう?
ということで,結論は,
バズったツイートの表面だけ見て
「不思議だねー」
だけで終わらないでほしい!!
ついでに自分の引用RTもバズってほしかった!
以上!!!!!
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